―ダダが定年を迎えたとお考えになっている以上、これら「宣言」の再編集はあなたにどんな興味を抱かせましたか?
Tristan Tzara(以下T.T.).―何も。
―それでもあなたはこのテキストを受け取ったわけですが、どうお思いになりましたか?
T.T.―今ならこういうふうには書かなかったでしょう、理念は詩と混ぜ合わされており、幻想、繊細さ、ほろりときますね…でも私は面白いと思います、いったいどれだけの当時の「革命的」思想が、今日共同体の中を通ってきたかを見ることは…
―どの共同体ですか?
T.T.―新しいユーモアです。他のものの間で何が起きたかご覧なさい、例えばアラン・ルスネの映画「L'année dérnière à Marienbad」。何も理解しなかった大勢の人たちが、それを受け入れ、たいそう褒めました。ダダとシュルレアリズム以前には、同じものでも立場を持つことは決してなかったでしょう。ル・モンドのような真面目な新聞に出さえ、Marienbadについての議論が沢山なされています…賛成も、反対もいる…ダダです、これは…
―私たちがダダ以降進歩したとお思いですか?
T.T.―進歩?「進歩」という言葉には議論が必要でしょうね…どっちにしろ、例えば文化の面で言えば、我々は被っています、今この瞬間、ぞっとするような危機を。
―どういった種類のでしょう?
T.T.―物です。我々は今日、興味深くもあり、また心配でもある現象の中にあります: 物の優越、装飾の、また人間であるもののうえに大量生産方式で製造された品物の優越です。広告の作り出す災害をご覧なさい。あれは人々に持ちもしない趣味を強要し、あらかじめ設定された未来を用意します。
人間は、義務とされる全ての事柄を必要としているわけではありません。ダダは人間に、人間性に、気にかける事の中心地を作りました。道具、つまり人々が利用する「アイデア商品」に夢中になったままにすることなく…。物の誘惑よりなお悪いものがあります。
―それは何ですか?
T.T.―計画化です。これは大きな危険、時代の大きな脅迫です。大量生産のそれを軽く飛び越えます。何が起こるか知るためには、アメリカ社会を観察すれば済みます。
人々の間に格差が生まれます。日常生活においてだけではなく、同じように芸術においても。この計画化、この人間性における物の優越、この機械化。私はある懸念をもってそれを見ます、すべての文学的潮流がそれを熱心に描写し、告発することもなく、結果として、それを取り入れるのを。ダダ、それが不条理で、絶縁され、スキャンダルを起こし、非論理的になるとき、それは反語の価値を持ちました、攻撃するものを…彼はそれを告発したのです…
―あなたは何を攻撃したのですか?
T.T.―全部をです。戦争、祖国、家族、宗教、論理、秩序―沢山の事柄が、当時、大文字で書かれていました。私たちはもうこうした、既製の体制を望んではいませんでした、その上我々を戦争に導いたそれらを。
私はデカルトのフレーズを踏襲しました。デカルトのものだったからではなく、それがまさに私たちの考えていたことと通じたからです。: 「私は私の前に人間が存在したかどうかなんて知りたいとさえ思わない。」…
―アンドレ・ブルトンとシュルレアリズム、それとあなたを仲違いさせたのは何でしたか?
T.T.―そうですね!まさに「モダン」の概念です。私たちはこの概念について精神の枯渇を、客観化を、つまり人間性を失わせる恐れのあるものを感じていました。例えば「L'Esprit
nouveau(新しい精神)」という題の雑誌がありました、それは「モダン」であったすべてのものにアクセントを置いた雑誌でした: 衛生的、機能的、非人間的なジャンル、すべて私たちが、次に花開くものを深刻に見に行ったものたち。
我々ダダイストは、これを望んではいませんでした…ブルトン、彼は、これに与していました: 彼は客観化に賛成でした、その一方で私たちは、私たちは反対でした。全てのシステムに反対であり、個人に賛成するものでした。私たちはもしそれが原則になるのなら、システムの欠如にさえも反対していました。ダダは自発性に、個人の行動に賛成でした。私たちは友情によってしか結びついていませんでした…
―あなたは進歩にも反対でしたか?
T.T.―私は進歩を信じていたし、目の前の時代に対して不当ではありたくありません。しかし、時たま自問します…
―何をですか?
T.T.―この多様化、これは常に良い結果を生んだでしょうか?今は全てのことで多様化がなされています: 本、読者、展覧会、絵画…
私たちは美術館で長い列を作ります。不平は言いません、このおかげで、長く高価な旅をしなくても、今まで見たことのなかった素晴らしいものを見ました。ここ数年の展覧会、例えばメキシコやスペイン、イタリアの芸術についての…しかし私はたった一つだけ、自問するのです…
―どういったことをでしょう?
T.T.―この通俗化は一体何の役に立つのでしょうか、これが有益であるということに、私たちは確証をもっているのでしょうか。果たして本当に、これは人間性の発展という到達点を宿しているのでしょうか?私は時たま、大衆のスノビズムは金持ちのスノビズムよりもたちの悪いものではないかと自問します: 金持ちのスノビズムは、機能を持ちます、例えば文化支援活動ですね、それは芸術家達に生計を維持するだけの価値を、また発見されることを可能にしました……しかし大衆のスノビズムは?
空回りするスノビズム、広告のスローガンにより養われ、これとあれを見なければならない、こんな展覧会を、こんな祭典へ出席しなければ…芸術家はスターになります…芸術は恩恵を受けるでしょうか?そして人間性は?その中に、人間性の価値の発展は見られるでしょうか?
―もしかしたら、それでも、いくつかの小さな進歩は、自由という点においては、あるかもしれませんね?
T.T.―私は何も知りません。我々は過渡期の時代に生きています、戦争は明らかに終わっていません。人々は核爆弾の脅威の下に、完全破壊の脅威の下に生きています。彼らはある種の生への激しい欲望にとらわれており、全ては可能であるか、もしくは、そのために足りないものは少ししかないのです…
―この指摘はあなたにしては意外ですね…そしてダダのためには、それでは、全ては可能ではなく、もしくはそのために足りないものは少しだけだったのですか?
T.T.―ああ!すみません。ダダは人間的な到達点を持っていました、きわめて強烈な倫理上の到達点を!作家はいかなる状況、意見、金銭にも譲歩しませんでした…私たちは新聞から、社会からひどい扱いを受けるがままにしていました。これは私たちがそうしたものによって構成されていたのではないということを証明しました。要するに私たちは非常に革命的であり、妥協することを知らなかったのです: ダダは単なる不条理でも、単なる冗談だったのでもありません、ダダは青年期の非常に強い苦痛の表現でした、第一次世界大戦の間、苦悩の間での。私たちの望んでいたことは、流通している価値を白紙に戻すことでした、それはしかし、まさに、最も高い人間性の価値のためのものでした。
―そして1920年の世代ですが、あなたはそれも倫理的な到達点を追っていたと考えますか?
T.T.―もしかしたらそういうものはあったかもしれません。第一次世界大戦の後に、ある人々のところでは、この「最後の最後(la der des
der)」でなければならなかった戦争の後、ある氾濫…しかし高揚の中、噴出、真の再興の中においてです!私は文明がその時前に向かって一歩を踏み出したと考えています: 全てが同時に起こりました、考えてみてください、ジャズ、チャップリンの映画。チューリヒでの最初のチャップリン映画、1918年!いや、ものすごかったですよ。
ギョーム・アポリネールの評価、雑誌Littérature、ルヴェルディの雑誌Nord-Sud、レオンス・ローゼンベルグのキュビズムの舟。それからジョセフィン・ベーカー!それからシャンゼリゼ劇場、ロシアバレエ!何が今と比肩し得ましょう?私はよく言うのです、1840年から1940年の戦争までの間、フランスは並々ならぬ時代を体験しました。それはやがて真の「ルネッサンス」として現れるでしょう。質だけでなく、量においても…
―そして今、私たちは後退の時期にあるのでしょうか?
T.T.―そういうふうに見えます……そうそう、私は、アフリカの、ロデジーへ行って来ました。そんなに前のことではありません、アフリカ文化についてのシンポジウムに招かれたのです。それに私は、非常に早くからアフリカ芸術に興味を持っていました。1916年からです、私はずっと、ダダ時代にもなお、自然に非常に近いところで自由の爆発を体現する黒い人々に魅了されていました。私は黒人詩を脚色さえしました。
それで、私はかの地で起こっていることに打ちのめされたのです。全ては変わり、運動の中にありました。それは新しい世界でした。ヨーロッパと西洋から影響され、しかし我々の文明の価値を吸収し、解釈し、創りなおすのです…。古来のアフリカ芸術は消滅しましたが、新しい南アフリカの黒人の階層が生まれました。町の労働者のそれです。そしてそれは全ての分野で発明をします: 例えば、人々は黒人のためのCDを編集します。アメリカのジャズに影響を受けた新しい音楽、しかしそれは作り直され、こうしたものを伴います、子供の楽器、粗悪な楽器、ぶつけ合わされるものは何でも、物であれ、シチュー鍋であれ…
もちろん、それは長くかかるでしょう。新しい文明はあつらえられて生まれることはできません。古い結びつきを断ち切ることが必要です。しかし私は非常に楽観主義者なのです: 人間化はもしかしたらあそこから私たちのもとに戻ってくるかもしれません。彼らは私たちに欠けているものを私たちにもたらすでしょう。私は、何にせよ、全速力で発展する、完全に新しい世界の発露を見たのです…
―他にはどんなことに興味をお持ちですか?
T.T.―全部好きです、考古学、先史時代、古代芸術、フランソワ・ヴィヨン、ラブレー…
―文学は?
T.T.―特に、詩に興味があります。私は、若い詩人達は、今日、あっという間に、非常に良いレベルにあると思います。彼らはすぐに、する必要のないこと、書く必要のないことを分かります―このことは絵画においても生じています―、しかし爆発を、自ら確立する人格を見ることは非常に稀です。ある確かなやり方によって、どんな犠牲を払おうとも、オリジナリティーの探求が―絵画の中でも詩と同じように―すぐれた品質よりも優位に立っています。
―あなた自身も、書いているのですか?
T.T.―はい、いつも書いています、詩を書いています。私はエリュアールの述べたことは真実だと思っています、「愛、すなわち詩(l'amour,
la poesie)」。これしかありません。そして革命…あなたには沢山の事をお話ししましたが、結局のところ、私が全てのことの根底に見出すのはひとつのことしかありません; 詩。これが全てのものの最後に残るものです。全ての出来事、全ての行動…
―あなたにとって?
T.T.―みんなにとってです。全ての個人が度合いの異なる詩人です、多かれ少なかれ意識的な方法で、多かれ少なかれ漠然とした。散歩している人が「美しい」と言った時でさえ、もしくは彼が絵葉書を欲しいと思った時さえもこれは詩的な活動です。私たちが夢を見、自らの想像に身を任せたときから、私たちは詩の中にいるのです…
|